第1回 知ってるようで知らないマヤ文明

多様な自然環境が生み出した多様な文明

 マヤ文明と言うと、ジャングルに埋もれたピラミッドを連想するだろう。しかし、マヤ文明が成立した環境は、非常に多岐にわたっている。確かにマヤ低地南部は熱帯雨林のジャングルで、写真や映像で紹介される有名な遺跡の多くはこの地域に位置している。しかし、チチェンイツァ遺跡などがあるマヤ低地北部は熱帯雨林のジャングルではなく、低木林に囲まれた環境である。しかも川がほとんど見当たらない。一方、マヤ高地は針葉樹林が広がり、涼しく雨も降るため過ごしやすい気候である。つまり、大河流域の平地に成立したのではなく、多様な自然環境がマヤ文明を生み出したと言える。

 石器と鉄器のどちらが高度な水準かと言われれば、おそらく鉄器の方が進んだ文明だと答えてしまうだろう。しかし、そのような単純な物差しは、今や世界の文明の特徴を理解するうえで古い見方だと言わざるをえない。だいたい、物事を互いに比較するとき、1つの基準だけで考えることは不可能なのだ。事実、暦や天文学が高度に発達したマヤ文明では、鉄器は使用されなかった。石器の種類は用途によってさまざまで、石器をうまく利用して彫刻や建造物などをつくりあげた。鉄器を利用した文化に勝るとも劣らない文明、それがマヤ文明なのである。

 マヤ文明には、このほかにも独特な要素がある。統一されずに林立した都市群、ピラミッド状の建造物、20進法による記数法、表音文字と表意文字があるマヤ文字、精密なマヤ暦や天文学、独自の宗教儀礼や世界観などだ。次回からじっくりと見ていこう。

つづく(次回は12月7日公開予定)

多々良 穣(たたら ゆたか)

1967年、宮城県生まれ。東北学院榴ケ岡高等学校教諭。マヤ文明研究者。ペンシルベニア大学への国費交換留学を経て、94年、金沢大学大学院文学研究科史学専攻修了。95年より現職。現在は金沢大学による「ティカル国立公園北のアクロポリスプロジェクト」にも参加している。主な著書に『ようこそマヤ文明へ~マヤ文明へのやさしいアプローチ~』(文芸社)『マヤとインカ―王権の成立と展開』(同成社、分担執筆)、『文明の考古学』(海鳥社、分担執筆)がある。