第1回 知ってるようで知らないマヤ文明

紀元前から16世紀まで「中米」に存在

マヤの地図。拡大してクリックすると主要な遺跡の写真が見られる(本誌2007年8月号より)。
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 マヤ文明は、現在のメキシコ・グアテマラ・ベリーズ・ホンジュラス・エルサルバドルにまたがる「中米」に成立した。しかし、「中米」と「南米」とを混同している人が多い。つまり、「中米」に栄えたマヤ文明とアステカ王国、「南米」に栄えたインカ帝国の区別がつきにくいのだ。例えば、インカ帝国の有名な遺跡の1つであるマチュピチュは、マヤ遺跡だと勘違いされることが珍しくない。しかし、マチュピチュは現在のペルーに位置している。また、マヤ文明の代表的遺跡であるティカルは、現在のグアテマラにある。

 マヤ文明の栄えた時期は、先古典期(前1800~後250年)、古典期(250~900/1000年)、後古典期(900/1000~16世紀前半)に大きく分けられる。古典期の終わりと後古典期の始まりにある「/」は、地域によってずれがあることを示している。最盛期は古典期だとされてきたが、近年の発掘調査によって、古典期がさかのぼる可能性が高いことが指摘されている。紀元前400年以降の時期を「先古典期後期」と呼ぶが、この時期にはすでに大規模な都市が存在していたことが明らかである。マヤ低地南部にあるエルミラドール遺跡の「ダンタピラミッド」は、ティカルの「4号神殿」の70mを超える高さだったと考えられており、マヤ文明最大のピラミッドが先古典期後期には建設されていたことになる。また、同じマヤ低地南部に位置するサンバルトロ遺跡からは、マヤ文字が書かれた壁画が発見されており、時期の定義や区分が今後修正されていくことになるだろう。

古代マヤ文明のティカル遺跡の神殿。まるでジャングルに浮かぶように点々と顔を出す頂上部が神秘的な雰囲気をかもし出している。
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