現在のスキューバダイビングで使われる装置の開発は、1942年にフランス海軍大佐だったジャック・クストーらによって始まった。クストーは1952年の『ナショナル ジオグラフィック』誌に、新しい潜水装置「アクアラング」を使ってはじめて "魚人間" になったときの感慨を、「アクアラングがあれば、何ファゾムも下の海中を何の害もなくのんびりと滑空できる」と記している。

 私も、水中を「飛ぶ」というクストーの表現に魅了されたひとりだった。1950年代にはスキューバを使ってミシシッピ・デルタからフロリダキーズの先端まで、メキシコ湾の海岸沿いを探索したものだ。それでも、水深30メートルのリーフを20分ほど見て回ると、もう海面に上がらなくてはならない。陸上の森や山だったら、ジープを停めた場所からほんの30メートル入ったところを30分足らず見て歩いたところで、どれだけのことがわかるだろうか?

水中生活実験が始まった

 1960年代になると、滞在時間を延ばす――もっと言えば、水中で生活する――方法が開発され、1969年には4人の男性が水中実験室「テクタイトI」で2カ月を過ごした。

 その翌年の「テクタイトII」プロジェクトでは、私が水深15メートルでの水中生活を自ら体験する機会に恵まれた。暖かく乾いた室内で寝食をとり、泳ぎたくなれば昼夜を問わずいつでも、床にある丸い穴から海中に出られる。海の住人のひとりになって、その場にとどまって観察をし、それぞれの魚が生物群集のなかで担う役割を知ることで、潜っては戻っての潜水調査では見逃していた微妙な部分や、その生態系の複雑さについての理解が大いに深まった。

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