第9回 海を探検する

©Image Courtesy of Sylvia Earle archives(写真クリックで拡大)

 2009年、哲学者で科学者でもあるエドワード・O・ウィルソンは、ニューヨークで開かれた80歳の誕生日パーティーの席で、お祝いに駆けつけた大勢の人々を前にこう語った。

 人間はつねに大きな疑問の答えを知りたいという衝動に駆られてきた。私たちは何者か? どこから来たのか? 未来はどうなるのか? なぜ私たちはここにいるのか? その答えは、子どもがするアプローチを絶えず続けないかぎり、けっして見つからない。それは、目と頭と心を惜しみなく全開にして、不思議だと感じた思いそのままに、答えを探しにいくことだ、と。

 昔の海洋探検家にはこうした気概はあったものの、深海を探査する技術が十分でなかった。陸上なら、人間は健康でさえあれば、どんな深い森も、乾燥した砂漠も、氷に閉ざされた氷河も自分の足で歩けるし、どんな高所へも登ることができる。けれども、水深3000メートルを超える海中へ潜るとなると、話は違うのである。

 一息で潜るフリーダイビングで、夕暮れのような柔らかな光に包まれた水深150メートル以上の弱光層まで達し、つかの間の海中散策を体験したことがある強靭な人間は、少数ながらいる。けれども、その弱光層の下に広がる暗闇の世界こそ、地球上の生物の大半がすむ場所だ。水深数百メートルの海中となれば、そこで有意義な時間をすごすのはもちろん、専用のカメラやセンサーを送りこむだけでも、創造的な技術が必要になる。