しかし、70年代にソ連の漁業によって南極のアイスフィッシュが激減したうえ、今も不法な大規模漁業は続いている。これに地球温暖化による深海環境の変化も相まって、この驚異の生き物の未来は大いに危ぶまれているのだ。
当時の私は、近年ほど急速に南極の氷が解けるとは思ってもいなかった。ペンギンやクジラやオキアミは、自分たちの世界が変わりつつあることをなんとなく感じているかもしれない。とはいえ、もしそうだとしてもその理由は知りえないし、自分たちの運命を変えるためにできることは何もない。
私たち人間には、その両方ができる。それなのに、状況を変えようという私たちの動きは、どうやら地質学的なスローペースでしか進んでいないようである。
計り知れない海の潜在力
2001年のこと。私は深海サンゴ礁の調査のため、ミシシッピ川河口から161キロの沖合いで小型潜水艇ディープ・ワーカーを操縦し、水深550メートルに潜っていた。目的のサンゴ礁は見つからなかったが、偶然にも、何かがよりあわさった大きな塊の前に着地した。枯れ枝の山か、巨大な鳥の巣の残骸のようにも見える。
けれどもすぐに、それがチューブワームの群集であることがわかって、私は小躍りした。チューブワームは、ヒゲに似た触手をもつ有鬚(ゆうしゅ)動物。羽根のような赤い触手をもつ、長さ2メートルにもなる大型の種が、1977年にガラパゴス諸島付近の深海にある熱水噴出孔の近くではじめて発見され、科学の世界に大変革を起こした。