これは明らかに防止できるはずの事故だった。ところが、現場の態勢に不備があったために、対応が遅れてしまったのだ。

 数時間のうちに、原油は穏やかな海面を滑って何キロも先まで広がった。3週間後には何百キロも離れたアラスカの砂浜まで達し、何百頭ものラッコや何千羽もの海鳥、何億匹もの小さな生き物の生活の場を覆いつくし、汚染した。人間の過ちを人間の無関心が悪化させた結果、そうした生き物たちはひっそりと死んでいったのである。

人類のもつ圧倒的な破壊力

 この事態を受け、アメリカでは渋る業界を押し切って強力な規制措置が導入されることになる。だが、1991年にペルシャ湾で起こった事態には、そんな規制措置も通用しなかった。湾岸戦争でクウェートに対して劣勢に立ったサダム・フセイン率いるイラク軍が、撤退中に挑発行為として1000万バレル以上の原油を意図的に放出したのである。その大部分はサウジアラビアからクウェートにかけての湾北部の海岸や湿地に漂着し、広範な地域の住民と野生生物が命を縮められ、生活の糧を失った。

 私が1990年に米国海洋大気局(NOAA)の首席研究者を引き受けたときには、史上最大の原油流出の現場を見に行くことになるとは思ってもいなかったが、やがてこの大惨事が招いた結果の追跡評価を行うアメリカ政府の活動にかかわることになった。

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