ラルフとの出会いから、他の仲間に会って、自分の登山がさらに広がっていきました。それはラルフ、ガリンダと出会い、登り続けることができたことに尽きると思います。2001年が自分にとって大きな転機となったことは間違いないですね。

――それまで竹内さんがしていた日本での登山と、ラルフさんたちとの登山はどう違うのですか?

 日本の大規模な組織登山では「極地法」という方法がとられていました。

 ベースキャンプから山頂に行くのに、通常はいくつかのキャンプ地を経由します。極地法は、ベースキャンプとキャンプ地を何度か往復しながら高度を上げていく方法です。私が1995年や1996年に参加していた日本の大規模な組織登山は人数も多くて、酸素ボンベもたくさん使って、荷物だけでもかなりの量になりましたから、荷揚げのために5回も6回も往復しなくてはなりませんでした。

 8000m峰は山麓の1/3の空気しかありません。そのため、その環境に体を適応させる高度順応が必要になります。往復することが荷揚げと高度順応を兼ねているのです。

 一方で、私たちが今しているのは極地法であることには変わりがないのですが、酸素は使いませんし、荷物も最低限しか持って行きません。

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