そう思って引き返そうとしたものの、転覆の可能性がさらに高まるような気がして、ふたたびカヤックを波に対して横に向けることができません。

「とりあえず」とか「だめだったら」なんて考えがいかに甘いものだったか、このときはじめて悟りました。そんな仮定が通用しないときに、事故は起こるのです。

 しかし、あきらめるわけにはいきません。波に向かって進む方がましだと判断したぼくは、進路を南西に取ることにしました。

 いったん岬の南側に回り込むことさえできれば、たとえ転覆するようなことがあっても、すぐに岸に流れついて助かるだろうと考えたのです。

 波のリズムに意識を集中し、体の傾きがいよいよ危なくなると水面をパドルで押さえつけて、ひっくり返らないようにします。

 ひと漕ぎひと漕ぎを無駄にしないように、慎重に水をとらえ、力を込めて漕ぎつづけていると、なんとか岬を回り込むことができました。

 たしか、このすぐ先にキャンプ地があったはずです。

 岸に打ち寄せ、砕ける波の音を間近に聞きながら、さらにしばらく進んでいくと、湖岸の森にちいさく開けた場所が見えました。

 <ああ、怖かった……>

 揺れる湖面からほうほうのていで逃げ出し、安定した地面に降り立つと、ようやく生きた心地がしてきました。

 緊張がつづいたので、体中が汗でびっしょりでした。

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