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ナショナル ジオグラフィック日本版 2012年9月号

ローマ帝国 栄華と国境

  • オランダで見つかった騎兵のマスク。鉄製で、表面はブロンズと銀で覆われている。兜(かぶと)に取りつけられていたこのマスクは、軍事パレードや、戦闘の際に着用されたものとみられる。
  • ヨルダン アンマン<br>かつてのローマ帝国領の最果ての地にそびえる建築物。紀元160年頃、ここアンマンのヘラクレス神殿には高さ12メートルを超える彫像が立っていたとみられる。写真右端の指はその彫像の一部。アンマンは、当時のローマ人にはピラデルピアという名で知られていた。
  • 英国 ハドリアヌスの長城<br>イングランド北部の崖沿いに残るローマの防壁。帝国の最盛期には東西118キロにわたって4.5メートルの高さでそびえ、一部は深い堀で守られていた。
  • ドイツ ベヘルン<br>ローマ兵はライン川とドナウ川を結ぶ全長550キロの国境沿いに800カ所以上の監視塔を築いた。今ではその大半は跡形もないが、わずかに残った石積みの土台が往時を伝える。
  • アルジェリア ティムガッド<br>ローマ流の秩序に従って整然と区画された市街には、広場や市場、儀式用の門、10カ所以上の浴場、図書館、観客3500人を収容できる大劇場などが配置された。
  • ドイツのマインツで見つかった記念碑の台座。ローマ兵は盾を構えて戦いに臨み、敵に近づくと槍を投げ、接近戦では短剣を振るった。
  • ドラゴンの頭部は、戦闘の際には戦旗を掲げるさおの先端に飾られ、兵士たちの士気を鼓舞した。
  • ローマ帝国の経済は、属州や領土の外で捕まえられた何百万もの奴隷によって支えられていた。ドイツのマインツで見つかったこの台座に描かれているのは、鎖でつながれたゲルマン人男性。ゲルマン人は、体力があり忍耐強いために重宝がられた。
  • ヨルダン カスル・バシル<br>紀元300年頃、砂漠の端に築かれた砦の遺跡。ローマ騎兵70~160人が駐屯し、貴重な香料である乳香や没薬などを運ぶ隊商を、アラブの遊牧民の襲撃から守った。
  • ヨルダン ジェラシュ<br>かつてローマ帝国の支配下にあったジェラシュの街で、観光客向けのイベントのために鎧を身につけ、ローマの歩兵に扮した男性。イベントは戦車レースの競技場の遺跡で行われる。兵士や剣闘士の役に扮するのは、ヨルダン人の元兵士や引退した警察官だ。
  • 戦う兵士などが手彩色で描かれたガラス器の破片。二つに割れた状態で、ハドリアヌスの長城付近で見つかった。ドイツの工房で製造されたもので、当時広い範囲で交易が行われていた事実を物語る。
  • コーヒーカップよりわずかに大きい、アフリカ系男性の頭部に似た形の器。英国のサウスシールズで発見されたものだ。サウスシールズはハドリアヌスの長城沿いの補給基地だったため、商人たちが集まってきた。この器も、そうした商人によってシリアかエジプトから輸入されたものとみられる。
  • アルジェリア ティムガッド<br>凱旋門から、栄華を誇った古代ローマの植民都市を望む。ここは紀元100年頃、ランバエシス要塞の近くに建設された。路面には馬車や二輪戦車のわだちが残る。
  • ドイツ トリーア<br>ドイツのトリーアに今も残る、「黒い門」という意味のポルタ・ニグラ。高さ30メートルのこの門は、約6キロ続く市壁の一部として紀元2世紀に建造された。ローマ帝国後期、トリーアは主要な都市であり、テトラルキア(四分割統治)の時代には、4つある首都の1つとして栄えた。
  • 英国コーブリッジ<br>ローマの栄光を伝えるイングランドの遺跡で、少年が遊ぶ。もともとは砦として築かれたコーブリッジは、後にハドリアヌスの長城に補給物資を届ける中継地の役割を果たした。

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