5月の終わりごろ、写真家の志水哲也さんから電話がありました。「トキの写真、見てもらえませんか?」「トキを撮ってるんですか? 佐渡の?」「いいえ、黒部のトキです」。黒部のトキ? 私は何のことか理解できませんでした。志水さんは、昨年11月号の「日本うるわし列島:屋久島」に登場していただいた黒部在住の写真家で、これまで、日本各地の滝や山などを撮影した写真集を多く出版されています。その志水さんがトキを撮っている、それも、佐渡島ではなく、黒部のトキを……。

「黒部にトキがいるんですか?」という私の問いに、「はい、佐渡で放鳥された一羽が3年前から黒部にいついているんです」。私は黒部にトキがいることを全く知りませんでした。へそ曲がりなトキに違いない。へそ曲がりな私は、そのトキに興味を持ちました。「写真、見せてください」

 この春、佐渡のトキが産卵し、ひなが誕生したというニュースが連日のように報道され、世間の注目が佐渡に集まっていました。そんなときに、黒部にすみ着いているトキの話が舞い込んできたわけです。富山では、たびたび報じられ、よく知られた存在だといいます。でも、全国的には無名の存在です。

 志水さんが数年かけて撮影した写真を見て、私はそのトキに会いに行きたくなりました(写真は本誌でご覧ください)。それまで、トキを見に佐渡へ行こうと思ったことはありませんが、なぜか、黒部のトキには会ってみたかった。自分と同じ、へそ曲がりに違いない、と勝手に思い込んで、親近感を抱いていたからかもしれません。黒部に行くことを告げると、志水さんは案内を買って出てくれました。

 そのトキ(識別番号「04」、愛称「トキメキ」)は、中学校の運動場脇に立つ照明塔の上にいました。朝の食事を終え、休憩中とのこと。その下には、環境省に委託されてトキの行動を記録するボランティアや、毎日のようにトキメキの写真を撮っているという地元の人たちが数名集まっていました。いわば「トキメキの追っかけ隊」です。なかには、トキメキを撮影するために、3年間でカメラを5台も買い換えたという人もいます。「魅力は何ですか?」と私が尋ねると、多くの人が「羽の朱鷺色だね」と答えました。「秋になると、もっと鮮やかになる。首の回りも白くなって」。私が訪れた6月上旬、トキメキの冠羽から首筋、肩にかけて、黒く染まっていました。繁殖期になると、首筋から黒い物質が分泌されて、暗灰色になるといいます。

 照明塔の金網製の足場に陣取ったトキメキはなかなか動きません。ぜひとも、朱鷺色の羽を見てみたい。梅雨入り前の強い日差しが照りつけるなか、私は粘りました。照明塔で休憩し始めて4時間(私が現場について3時間)、トキメキが動き出しました。足場を落ち着きなく歩き始め、時折、遠くを見るように、身を乗り出します。「もうすぐ鳴くよ。あまりきれいな声じゃないけどね」と、一緒に観察していた地元の人が教えてくれました。「クォクォ」。くぐもった声でした。次の瞬間、トキは足場を離れ、翼を羽ばたかせました。そのとき、翼の朱鷺色が見えました。艶やかというか、艶かしい。赤い肌襦袢をまとった女性のような印象でした。

 そんな妄想などお構いなしに、トキは頭上を飛び去り、南へ向かいました。すると、追っかけ隊の面々は一斉に車に乗り込み、追いかけます。トキがどこに向かったのか、大方見当がついているようです。数日前から餌場にしている水田です。照明塔からは1キロほど。にわか追っかけ隊の私も、志水さんの車で向かいました。そこには、餌を探すトキメキがいました。

 トキはかつて日本各地に生息していました。水田や畑の近く、つまり、人間のそばで生きていたのです。江戸時代には、田畑を荒らす害鳥として駆除した地域もありましたし、矢羽に使う羽を得るために、トキの繁殖を奨励した地方もありました。日本人は食用としてトキを狩ることもしてきました。そんな鳥が今では、日本で最も手厚く保護される鳥になっています。

 しかし、黒部のトキに会って、絶滅危惧という言葉から感じる弱さではなく、生命の力強さを感じました。「健気」というと、あまりにも擬人化しすぎかもしれませんが、与えられた生命をしっかりと生きているように感じたのです。生まれ故郷の佐渡島を飛び出し、各地を転々とした後、黒部を生きる場所として選んだのも、ただ生きるため。

 へそ曲がりなトキ、その思い込みは間違っていたようです。海を渡ったトキも、あらゆる生命と同じように、自分の生きる場所をさがして、ただ、生き抜こうとしているのでした。