第2話 氷蒼の瞳の橇犬アンは耳が聞えない

「アン、寝ている場合じゃないよ。ご飯だよ」

 聞こえていないと分かっているけれど、私はいつもアンに声をかけた。

 音のしない世界で生きている彼女は、耳障りな音に一切邪魔されず、毎日安らかな深い“お昼寝”をする。

 だからうっかり、ご飯の時間を寝過ごしてしまうのだ。

「アン、食べ損なっちゃうよ」

 犬たちの餌は、固形のドッグフードを湯でふやかしたものに生肉を入れたスープ状のもので、外気温がマイナス30℃ともなると、あっという間に凍ってしまう。

「ほらほら、起きてアン」

 丸めた背中にそっと触れてやると、ようやく私の顔を見上げた。

 私に気づくなり、寝ぼけた目をカッと見開いて小屋から出てくると、シッポを尻ごと振って喜び回った。

 ときどき周りの様子を見ては、

「く~ん、もしかして、食べ損ねたの?」と、なんとも切ない顔を見せる。

 犬小屋の横で無造作に転がっている皿を拾い上げて、並々とスープを入れてあげると、まだ若いアンは、がむしゃらに食べて、皿を舐めまわしていた。

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