フォトギャラリー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ナショナル ジオグラフィック日本版 2012年8月号

米国先住民の苦闘と希望

特集ページへ

  • 米サウスダコタ州ウンデッド・ニーの町。若者たちは、夏の嵐が近づいているのもお構いなしだ。1890年12月29日、この近くで少なくとも146人の先住民が米国陸軍に殺された。スー族や他の米国先住民にとって、ウンデッド・ニーは今でも、自分たちが受けている不当な扱いを象徴する出来事だ。
  • 祈祷師(ヘヨカ)のスタンリー・グッド・ボイス・エルクが香草のセージを燃やし、その煙で周囲を清める。ヘヨカは聖なる啓示の受け手で、霊感を研ぎ澄まし、魂のバランスをとるために、道化じみた言動をするという。仮面を着けた彼は精霊の力を得て、「スパイダー・リスペクツ・ナッシング」という人格になる。
  • 汚れた皿が積まれた台所の流しで体を洗う、3歳のC・J・ショット。オグララ・ラコタ族は家族や親戚の結びつきが強い。そのため、特に住宅不足が深刻な居留地では、狭い家に大勢の人が暮らすこととなる。この写真を撮影した2008年当時、寝室が三つのこの家に22人が暮らしていた。「こうした暮らしぶりは、私たちの本来の姿ではありません」と、オグララ・ラコタ族の活動家アレックス・ホワイト・プルームは話す。
  • インディアンの権利を主張する活動家とFBI(米連邦捜査局)捜査員の間で起きた1975年の銃撃戦を記念する集会で、オグララ・ラコタ族の若者が星条旗を逆さまに掲げる。これは自らの苦境を示す合図であるとともに、連邦政府に対する抗議の意味ももつ。
  • 2006年、米サウスダコタ州パインリッジのオグララ族パウワウ・パレードで、トラックの荷台に座るオリバー・レッド・クラウド(当時88)。
  • アサ畑の跡に立つアレックス・ホワイト・プルーム。彼はここでテトラヒドロカンナビノール(THC:大麻の向精神成分)含有量の低いアサを育てていた。1998年、オグララ・スー族の部族議会はパインリッジ居留地におけるこのアサの栽培を条例で認めた。しかし部族の法律よりも連邦法が優先され、2000年、プルームの畑は麻薬取締局員によって根絶やしにされた。
  • ティピーの中で料理するオロワン・サンダー・ホーク・マルチネス。彼女は一人息子と二人の娘、そしてオグララ・ラコタ族の若者たちと共に、しばらくの間ここで暮らした。マルチネスはネイティブ・ユース・ムーブメントという活動団体の地元支部でリーダーを務める。「私たちの土地や部族、生き方を守るために闘っています」
  • パインリッジ居留地にあるレッド・クラウド先住民スクールの卒業式。2011年にビル&メリンダ・ゲイツ・ミレニアム奨学金を受給した優秀な学生1000人のうち、9人はこの学校の生徒だ。
  • エバーグリーンの町で、馬に乗った若者二人が、近所の女性たちとおしゃべりする。オグララ・ラコタ族は伝統的に馬をスンカ・ワカン(聖なる犬)と呼んで、大切にしてきた。この町では「近所同士で助け合いながら、みんな仲良くやっている」と住民の一人は言う。
  • サウスダコタ州ローンマン近くで、寄付された12トンもの古着のうち、余ったものの上で愛犬と戯れるミッチェル・クロウ。引き取り手がないまま雨に濡れた衣類は、夏を迎えてカビが生え始めている。
  • 慈善団体から寄付された古着を車に満載し、狭い隙間にどうにか乗り込んで帰途につく先住民の女性。米国内では誤解されているが、先住民であれば誰でも連邦政府の生活保護を受けられるわけではなく、税金を払わずにすむわけでもない。オグララ・ラコタをはじめとするスー族の支族は、連邦政府が不当に占有した聖地ブラックヒルズの返還を求めて、賠償金の支払いによる和解を拒んでいる。
  • 15歳で自殺した少女ダスティ・ローズ・ジャンピング・イーグルの死を悼(いた)む少女たち。居留地でのオグララ・ラコタ族の自殺率は、全米の自殺率の3倍以上にのぼる。「小さな子供でも、自殺とは何かを知っています」と、自殺防止活動に取り組むアイリーン・ジャニスは訴える。
  • パインリッジ居留地では酒に酔うことはおろか、酒類を所持しているだけでも違法となる。だが、隣接するネブラスカ州の人口十数人の町ホワイトクレイには、酒の販売店が4軒あり、アルコール度数が高いビールを年間およそ400万缶も販売する。オグララ・ラコタ族の世帯の8割が、アルコール依存症の家族を抱える。先住民はビール会社を相手どり、事情を承知の上で酒を手に入れやすくしているとして訴訟を起こした。
  • 神経の疾患を抱え、アルコール依存症に苦しむ若者が、自宅の居間で眠る。最も近い町から10キロ離れたこの家は、その後2011年5月に当局によって居住に適さないと判断された。この若者も含め、住人たちは転居した。
  • ジョージ・A・カスター将軍の騎兵隊に大勝した1876年の戦いを記念する行事に参加する男たち。
  • 1876年のグリーシー・グラスの戦い(リトル・ビッグホーンの戦い)でカスター将軍率いる騎兵隊に大勝したことを記念する行事で、馬にまたがったレニー・ジャンピング・イーグル。歴史的な出来事や偉大な指導者を祝う催しは、居留地の内外で年に数十回も開かれる。
  • ネブラスカ州フォート・ロビンソンに集合した、第14回クレイジー・ホース・ライドの参加者たち。この催しは6月初旬に行われ、4日間かけておよそ128キロ離れたパインリッジ居留地で幕を閉じる。クレイジー・ホースはオグララ・ラコタ族の戦士で、米国先住民のなかで最も象徴的な指導者の1人だ。1877年9月5日、彼はフォート・ロビンソンで、一説によると逮捕に抵抗したために殺された。この催しでは、クレイジー・ホースの魂をパインリッジの仲間の元に連れて帰るため、誰も乗っていない馬が1頭、参加者の一団に同行する。クレイジー・ホースは死ぬ間際に、こう口にしたと言われている。「ブラックヒルズを見るときには、私のことを思い出してくれたなら」
  • 精霊と交信し、身を清めた人々が、蒸し風呂のテント「スウェット・ロッジ」から出てくる。この儀式は、偉大な指導者アメリカン・ホースの血を引くメディシンマン(呪術医)であるリック・トゥー・ドッグズが執り行った。
  • オグララ・ラコタ族の男たちが、特別に選んだコットンウッドの木を切り倒し、サンダンスの儀式の場へと運ぶ。この木は地面に掘った穴に立てられ、儀式の中心となる。1970年以降、こうした伝統的な儀式が再び盛んになった。
  • 伝統儀式サンダンスの準備として、祈りの旗で飾られた聖なる木を立てる。サンダンスとは「私たちが求める生き方と助けと導きを得るために、創造主と私たちの先祖に」お返しをする方法だと、リック・グレイ・グラスは言う。
  • サンダンスの儀式が終わったあと、聖なる木の横で祈りを捧げる女性。サンダンスの間、呪術医は特定の男たちによる捧げものの儀式を執り仕切る。男たちは胸や背中に骨で作った串を刺し通されてロープと繋がれ、自らの皮膚を引きちぎって身を振りほどくというピアッシングの苦行をおこなう。木に付けられた色とりどりの布の中には、たばこなどの供物が納められ、人々や万物への祈りが込められている。
  • ライル・ルボーの胸には、サンダンスの儀式の際にピアッシングの苦行でついた傷跡がある。ルボーは、パインリッジ居留地の伝統を重んじるオグララ・ラコタ族の組織、サンダー・バレーに所属している。
  • 白人がデビルズタワーと呼ぶワイオミング州の岩山、マト・ティピラ(「クマのすみか」の意)の近くで9歳のワキニャン・トゥー・ブルズが祈りの旗を木に結びつける。過去の不公正を正そうとするオグララ・ラコタ族の祈りと闘いの場は、パインリッジ居留地から遠く離れた土地にも広がっている。

フォトギャラリー一覧へ

日経ナショナル ジオグラフィック 翻訳講座 秋期受講生募集中 詳しくはこちら

記事ランキング

ナショジオクイズ

Q:写真は14世紀のペストの大流行で亡くなった遺骨。このペスト菌を発見した日本人といえば誰でしょう。

  • 野口英世
  • 杉田玄白
  • 北里柴三郎

答えを見る

ナショジオとつながる

会員向け記事をお読みいただけます。

ナショナル ジオグラフィック バックナンバー

ナショナルジオグラフィック日本版サイト

広告をスキップ