第12章 マッキンリーの氷雪に消えた 後編


 1984年1月21日、北米最高峰のマッキンリー山(6194メートル)の冬期単独登頂をめざして、植村はアンカレッジ空港に下り立った。

 私は「アメリカからの帰国の途中、ちょっと寄り道して」冬期の登山をこころみる、といった軽い調子のハガキ(ミネソタ発)を受けとった。しかし、後になって考えると(まさに下手な後知恵だが)、植村にとってはどうしても成功させたいという決意のもとに行なった、けっして軽くない行動だったのである。

 植村は1981年の冬期エベレスト登山、翌82年の南極単独横断と、2年連続して不本意な結果しか得られなかった。とはいっても、南極単独横断は外的な要因によって断念せざるを得なかったのであり、失敗のうちには入らない。私などはそのように思っていたが、植村にとっては必ずしもそうではなかった。実現できなかったという事実が重くのしかかっていたのは、周囲の想定をはるかに越えていたのである。

 公子夫人は、さすがに正確に見ている。