第4章 1921-1956 カラー革命と第一期黄金時代

第21回 ナショナル ジオグラフィック協会の日常 その1

 この記事が出た1年半ほど前、1942年2月15日に地元の新聞『ワシントン・スター』の日曜版には、協会の空襲対策の記事が載りました。大見出しは「ジオグラフィック協会の空襲避難訓練は3分で完了」、小見出しは「226人の従業員が避難部屋に集まり、砂袋とポンプは準備万端」。続けて本文は

「ナショナル ジオグラフィックの本部ほど、空襲のときに中の人間の死傷を防ぐ準備がされているビルはないだろう。今回行われた避難訓練は、万一空襲を受けても従業員を危険から守るようによく考えられた計画の一部である」

「破壊用爆弾を除くほとんどの爆弾に耐えられるように、避難部屋の安全性には細心の注意が払われてきた。カフェテリアは爆弾が当たっても平気だし、衝撃にも耐えられる、と防衛主任は断言する」

「防衛設備として、地下の別のところに特別な部屋がある。計画を実行するために、車のクラクションを鳴らす装置のほか、シャベル、斧、鍬、ラジオ、蒸留水入のビン、石綿製の防護壁、消火用の手押しポンプ、懐中電灯、何百フィートものホース、そして必要とされるすべての装備がここにある」

「これでもか!」という用意周到さはグロブナーの性格によるものでしょう。間違いない!