第5回 消滅危機言語をなぜ守らなければならないのか

「──コミュニケーションツールとして、英語なり共通の言語があるのは、いいことだと思います。知らない人でも、初対面でも、ある程度の会話ができる。けれど、それは単なるツールですよね。言葉というのは、人間が人間であることの証ですから。つまりわたしたちは、言葉で思考している。言語がなかったら、多分、考えることもできない」

「──人間として根本的な、生きていくための思考。哲学といったらちょっと抽象的ですけど、色々なことを考える根本にあるのが言語だと思うんです。それはコミュニケーションツールとは違う、別のものなんですね。それこそ生活に根ざしたものであるはずです。まず生まれてから育つまでにいろんな経験をしていくと同時に、それらをあらわす言葉を耳にして、世界を理解し、自分を形づくっていく。それが、世界共通であるはずがない。だって、文化が違うし、気候も違うし、周りの社会構造も違うし。無理に世界共通にするなんて非常に恐ろしいことですよ」

 木部さんの熱の籠もった説明に、すとんと腑に落ちるものがあった。

 人々が長い間同じ場所に住んでいて、土地に根ざして暮らす中で、他の言語にはない語彙や表現を発達させていく。例えば、砂漠に住む人たちの言葉を急に日本に持ってきて四季を語れといっても困るだろう。木部さんが鹿児島弁として挙げた、「よかはだもっごわすな」もまさにその類の言葉ではないかと思うのだ。

 では、これからの世界で、言語というのはどのようにあるのが良いのか。言語の多様性を守ることは大切で、その上で、共通語というのは必要なのだろうか。

(写真クリックで拡大)