第5話  地球微生物学よこんにちは

その5  海底下生命、そらウチでもやらなあかんやろ!

おそらくそれは、研究者の卵である学生として留学した前回とプロフェッショナルな研究者として滞在した今回では、ボクの立場が大きく違っていることが影響しているのだろう。また、文化レベルの高くない砂漠の田舎街が、雅のシチーボーイだったボクのココロのヒダヒダに訴えるものではなかったことも事実だった。

確かにこのパシフィックノースウエスト国立研究所での1年間の研究生活は、人間タカイケンには大きな影響を与えなかったかもしれない。

でもパシフィックノースウエスト国立研究所での研究生活は、それまで「深海熱水などの極限環境における微生物やその生態」の研究のみに囚われていたボクが、より大きな研究観や視野を開花させるキッカケとなった。つまり、現時点の局所的な環境―微生物の相互作用ではなく、地質学的時間スケールと地球規模での空間スケールの流れの中で環境―微生物の相互作用を見られるようになったんだ。

言ってみれば、それまでのボクはある意味、由緒正しい「伝統と格式の微生物学」の学徒に過ぎなかった。それが、このパシフィックノースウエスト国立研究所での研究生活を通じて、歓楽街によくある「花嫁大学」みたいな名前のお店のようにイカガワシさ満載だけど、「地球微生物学」というなんとなく魅力的なエネルギーに満ちあふれた新しい研究分野の虜になったような気がするんだ。

虜になった理由は、ここでの研究がすべて、多彩な研究分野が連携して取り組む学際研究プロジェクトだったこと、大きな時間・空間スケールを持った対象にアプローチしていたこと、鍵となる地下の水循環などのメカニズムが想像力を大いに必要としたこと、そしてそれぞれの分野の研究者が互いの専門領域に深く踏み込んで議論を行うことが当たり前だったこと、かもしれない。

激しい議論や長い試行錯誤や苦悶の闘いの末、ある時、あらゆる分野のデータが一つの大きなクリアな解釈や像にストンと落ちる瞬間がある。

その瞬間、まるでボクは「この世界を完全に支配した」というようなたまらない征服感と知的感動を味わうのだ。その感動は単独の研究分野だけでは絶対到達不可能な領域であり、その領域に迫るための研究の心構えや思考こそが「地球微生物学」の真髄と言ってもいい。

ボクは2回目のアメリカ武者修行を終えた後、自分を地球微生物学者と名乗るようになった。

つづく(次回、高井さんがUFOに遭遇!?)

高井 研

高井 研(たかい けん)

1969年京都府生まれ。京都大学農学部の水産学科で微生物の研究を始め、1997年に海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者に。現在は、同機構、深海・地殻内生物圏研究プログラムのディレクターおよび、プレカンブリアンエコシステムラボラトリーユニットリーダー。2012年9月よりJAXA宇宙科学研究所客員教授を兼任。著書に『生命はなぜ生まれたのか――地球生物の起源の謎に迫る』(幻冬舎新書)など。本誌2011年2月号「人物ファイル」にも登場した。