ブラック・フライ……このアブは、蚊のように血を吸うというよりも、皮膚に噛み付いてくる感じで、刺されると鋭い痛みが走ります。

 ぼくはこのときキャップをかぶっていたのですが、暗く影になったところが好みなのか、わざわざツバの下側にもぐり込んで、髪の生え際に集まってくるのです。さらには、耳たぶの裏や、耳の内側にまで入ってくるので、ほとほと参ってしまいました。

 <スティーブの言った通りだ。防虫ネットを買っといてよかった。次歩くときはかぶらないと、こりゃたまらないな……>

 おでこ、こめかみ、耳たぶ……、ブラック・フライに刺されたところが、だんだんと熱っぽく腫れてきます。

 じつは6月初旬というのは、蚊やブラック・フライの最盛期で、わざわざこの時期にカヌーの旅に出るのは、よっぽどの物好きか、ぼくのように無知な人間だけかもしれません。夏も盛りを過ぎれば、どちらも嘘のように姿を消してしまうのですが、このときのぼくはそんなことを知る由もありませんでした。

 汗をかきながら、カヤックを担いでしばらく歩いていくと、ポーテッジの前方が、少し明るくなったような気がしました。

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