第3回 それでもマグロを食べますか?

 1990年代の東京の築地市場では、クロマグロが約100キロあたり10万ドル以上という高値で競り落とされていた。その極上の味を絶賛する人がいる一方で、マグロの流線美と気高さを愛情いっぱいに著書に綴った環境活動家もいる。

 普段は魚類を冷静かつ科学的な視点で見る研究者らも、マグロの生態には感嘆の声をあげ、驚くべき長距離の回遊行動や、高速で泳ぐ能力の秘密を解明しようと熱心に取り組んでいる。もしマグロがこのまま忘れ去られてしまったら、その生態に関する貴重な知識も永遠に失われてしまうことになる。

 マグロのメスの成魚1匹が生む数百万の卵のうち、成魚になるまで生き残るのは、激しい生存競争を生き抜いた幸運な数匹だけだ。大半は、卵や稚魚のうちにほかの生き物に食べられてしまう。一方、その稚魚は、小さな海の動物を大量に消費する捕食者でもある。さらに、それらの小さな動物は、さらに膨大な量の植物プランクトンを食べて生きている。地球上の生命を支える海洋システムは、生涯を通じて海の食物連鎖の重要な一部となるマグロの存在を包含しながら、長い年月をかけて細部まで調整されてきたのである。

 こうしたことがわかっている以上、けっして軽い気持ちでマグロを消費するべきではない。今、危うい状況にあるクロマグロを食べるのは、ユキヒョウやパンダを食べるのと同じだ。現在の傾向が続けば、人間の食用になる海洋種は今世紀半ばには壊滅するという予測もある。

 では、私たちの急務は、マグロやメカジキをいつまで食べられるのかを確かめることだろうか?
 それとも、残った魚たちを守るために何ができるかを考えるべきだろうか?
 今なら、まだ選択の余地はある。

つづく

『ワールド・イズ・ブルー』(シルビア・アール著)

この連載は、書籍「ワールド・イズ・ブルー」(シルビア・アール著)から抜粋、編集したものです。書籍の紹介はこちらをご覧ください。
シルビア・A・アール

シルビア・A・アール

1935年米国ニュージャージー州生まれの海洋探検家、海洋学者で、ナショナル ジオグラフィック協会付き研究者。ニューヨーク・タイムズ紙から「深海の女王陛下」「チョウザメ将軍」などのニックネームを与えられ、1998年にはタイム誌の「地球のヒーロー」に選ばれた。海洋生態系調査における第一人者として総計6500時間以上、70回を越える潜水遠征をし、水深1000メートルでの単独潜水を含むさまざまな潜水歴をもつ。2009年には、「世界を変えようとしている人物」に毎年贈られるTEDプライズを受賞した。著書に「ワールド・イズ・ブルー」「深海の女王がゆく」など。

古賀 祥子(こが さちこ)

東京外国語大学外国語学部英米語学科卒。翻訳家。『なぜ女は昇進を拒むのか』(共訳、早川書房)、『アイデアマップ』(阪急コミュニケーションズ)、『この「聞く技術」で道は開ける』(PHP研究所)などの訳書がある。