第11章 南極の夢 前編

 これは1月17日付の記述によっているのだが、その日記にはさらに目を引くことがある。

 植村は偵察にはアルゼンチン基地に入ったのだが、横断旅行の出発点は南極大陸の反対側にあるアメリカ基地にしたいと考えていた。旅の後半、南極点からこのベルグラーノ基地までは、背中に風を受ける追い風になるはずだから、橇に帆をあげることによって、橇を曳く犬たちの負担はずっと軽くなるはずだ云々。

 これは後年、北極点グリーンランド単独行のとき、グリーンランドの氷床上で実際に橇に帆を立てて走った、その最初の思いつきである。注意すべきは、この72年の南極偵察行は、グリーンランドで犬橇の操縦を習得する前であるということだ。頭がくるくると回転し、ややせっかちに胸がふくらんできている感じがある。それはまた、南極の氷雪を実際に踏んでみて、「何か見れば見る程、自分の計画に対する自信がもててきた」ゆえの、喜びの表現だったのだろう。

成功を確信していた植村だが、決して実行されることはなかった。1982年撮影。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)(写真クリックで拡大)

つづく(次回は5月31日公開予定)

湯川豊(ゆかわ ゆたか)

評論家、エッセイスト。1938年新潟生まれ。慶応大学卒業後、文藝春秋に入社。『文學界』編集長、同社取締役などを経て、2009年より京都造形芸術大学教授。『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(共にちくま文庫)、『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』(スイッチパブリッシング)などがある。2010年『須賀敦子を読む』(新潮社)で読売文学賞受賞。


本文ではグリーンランドからアメリカにいたる極北の先住民を「エスキモー」と表記しています。この言葉は一概に差別的とされているわけではないものの、一部登場するカナダの先住民は現在、「イヌイット」という呼称を使うように主張しています。しかしながら、本文では植村直己氏が、自らの探検でかかわった極北の先住民一般に対し愛着をこめて「エスキモー」と呼んでいることを尊重し、その呼称を用い、著者の表記もそれに準じています。
(Webナショジオ編集部)