作家の南木佳士氏が『植村直己 妻への手紙』について、これ以上ないようなみごとな書評を書いているが、そのなかで「収録されている手紙には生活の匂いがしない」と指摘している。あるのは、これからの冒険旅行の予定、酷寒の地での犬橇旅の詳細、そして、手紙の末尾にある、妻への一方的な気づかい。植村について、「こういう人が町で生きてゆくのは大変だったろうな」と思うと同時に、「この種の手紙を受け取り続けた妻もそれ以上に苦労したのではないかと考え込んでしまう」と南木氏は書いている。

 まさにそのとおりで、公子さんが、これは私ひとりだけの「北極圏一万二千キロ」の旅だったという意味が、そう考えることではっきり現われてくる。

 植村には植村らしい気づかいがいつもあったことは確かである。彼はそれを手紙のなかで率直に出している。まだコペンハーゲンでグリーンランドの旅の許可が下りるのを待っていたとき、大使館付に公子さんの手紙が届いた。

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