第10章 公子さんのこと 後編


『植村直己 妻への手紙』(文春新書)は、植村がいなくなってからずいぶん時を経て編まれた1冊である。そこで公子さんは心やさしい、短い文章をあとがきのように書いている。冒頭の1行に、

《これは、私ひとりだけの「北極圏一万二千キロ」、そして、植村直己物語です。》

 とあるように、一万二千キロの旅のときの手紙が圧倒的に多い。

一万二千キロの旅のゴール地点であるアメリカ領アラスカのコツビューにて。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)(写真クリックで拡大)

 植村が公子さんと結婚したのは1974年の5月18日。前述したように、結婚直前までヒマラヤのダウラギリに遠征偵察隊として行っていて、帰国するや否やバタバタと挙式したのだった。新婚生活約半年の後、11月22日に日本を出発してグリーンランドに向い、年の瀬も迫った12月29日に西海岸のケケッタを出て一万二千キロの旅が始まった。

 妻のほうからすれば、そしてごく常識的な見方からすれば、茫然とするしかないような成り行きという以外にないだろう。