イチジクの花序に乗るメスのイチジクコバチ(イチジクコバチ科:ペゴスカプス属)
A female Pegoscapus fig wasps on a syconium
体長:1.2mm 撮影地:モンテベルデ、コスタリカ(写真クリックで拡大)

 モンテベルデでの下見調査3日目。観光客でにぎわうモンテベルデ自然保護区の森に、普段のバッグマン姿でおじゃました。

 旅行者の邪魔にならないように調査を進めていくが、やはり怪しい人物と認識されるのか、こちらのほうを不思議そうに見つめたり、おそるおそるぼくの横を通り過ぎたりする。

 そんな状況も楽しみながら林道を進んで行くと、大きな一本の絞め殺しイチジクの木にぶつかった。いかにも物騒な名前だが、巨木に絡みついて成長し、絡みつかれた木を枯死させてしまう(つまり絞め殺す)、イチジク科の木だ。

 ぼくが出会った絞め殺しイチジクも、絡みつかれたほうの木はすでになく、空洞になっていた。幹の根元から頭を潜り込ませてみると、絡み合う幹と人が入れる中の空間が、砦のように感じられた。

 この“砦”に欠かせないのが、体長1ミリほどのイチジクコバチ。そのメスバチは唯一、イチジクの花を受粉させる役割を担っている。

一本の絞め殺しイチジクの木には、何千、何万という数のイチジク花序(イチジクの小さな花がたくさん集まった器官。一般的にイチジクの“実”と呼ばれている部分)が成る。メスバチは、若い花序の先端にある隙間から潜り込み、中にある花を受粉させてから、胚珠(タネになる部分)に産卵していく。そして花序の中で命を終える。

 やがて花序の中で幼虫が育ち、サナギになり、オスとメスがおよそ1対10の割合で生まれてくる。オスには翅がなく、その一生を花序の中だけで終える。交尾の後、メスは花序の先端から続々と脱出していく。その数は一つの花序で100以上にもなる。

そこから次のイチジクの木を求めて旅をする。飛行距離は、50キロメートルとも100キロメートルともいわれ、膨大な数のイチジクコバチのメスは、まるで海のプランクトンのように空中を漂っている。



大きな絞め殺しイチジクの木(クワ科:イチジク属)
A large strangler fig tree, Ficus tuerckheimii


モンテベルデではイゲロン(Higuerón)と呼ばれる大きなイチジクの木。高さは30メートル以上になる。左は魚眼レンズを使って撮影した。右は、幹の中に頭を入れてみたところ。撮影地:モンテベルデ、コスタリカ(写真クリックで拡大)
イチジクの花序(クワ科:イチジク属)
Siconia of Ficus pertusa/padifolia


花序の大きさ:約1 cm 撮影地:モンテベルデ、コスタリカ(写真クリックで拡大)
イチジクコバチのメス(イチジクコバチ科:イダルネス属)
A female Idarnes fig wasp
イダルネス属のイチジクコバチは受粉役ではなく、産卵管が長いのが特徴だ。イチジクの花序の中には入らずに、外部から、受粉者の幼虫のスグ隣に産卵し、その中で育っていくようなのだが、まだ詳しい生態はわかっていない。
体長:1.7 mm 撮影地:モンテベルデ、コスタリカ(写真クリックで拡大)
西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html

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