第2回 戦後まで引き継がれた汚名

――未曾有の事故から生還したとなれば、拍手で迎えられても良さそうなものですが、正文さんは世間の中傷にさらされます。

 明治の末年から大正時代にかけてのことですからね。

 タイタニックには、緊急時に救命ボートに乗るのは、婦女子が優先というルールがあったそうです。

 そのため、多くの人が犠牲になったのに、なぜおめおめと生き残って帰ってきたか、と思う人も少なくはなかったのではないでしょうか。かなり執拗に攻撃されたようです。

――しかし、正文さんは、それに一切反論しようとはしなかった。

 明治生まれの気骨でしょうか。あるいは、多少は生きて帰ったことを恥じる気持ちもあったのかもしれない。

 祖父は、その中傷のせいか、生還後に鉄道院の役職を解かれています。忸怩たる思いがあったでしょうね。

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2012年4月号特集「タイタニック 沈没の真実」
本誌でもタイタニックの特集を掲載しています。フォトギャラリージェームズ・キャメロン「タイタニックの船内を巡る」などもあるWebでの記事の紹介はこちら。ぜひあわせてご覧ください。