第1回 唯一の日本人にして生き残りだった祖父

 祖父は、九死に一生を得て生還しながら、その後は長く誹謗中傷にさらされました。両親はそういう話はしませんでしたが、何か口ごもりながら話していたのを覚えています。

 両親も、祖父から直接にはタイタニックの話をほとんど聞いていなかったようです。祖父は寡黙な人だったとも聞いています。

――正文さんへの中傷とは、生還後に「他人を押しのけてまで生きて帰った卑怯者」という世論が巻き起こったことですね。そのことについて伺う前に、正文さんはヨーロッパで何をされていたのですか。

 祖父は、鉄道院の第1回留学生としてロシアのサンクトペテルブルクに赴いていました。2年ほどロシアにいて帰国するとき、知人のいるイギリスに寄り、そこからタイタニック号に乗ってニューヨーク経由で帰国することにしたようです。

 日本人の乗船客は祖父1人でした。

――正文さんが卑怯者呼ばわりされたことを、詳しく知ったのはいつごろですか。

 高校生のころでしょうか。週刊誌の記事などから知りました。でも、遠い過去のできごとですからね。

 実感がわかないんですよ。祖父は1939年に68歳で亡くなっています。僕が生まれる前ですから、直接会ってはいないし、顔も写真でしか知りません。

 祖父が乗っていたと知ってから、タイタニックの事故のことは、ずっと胸のどこかに引っかかってはいました。しかし、どこかロマンチックな話としてとらえていました。

――ロマンチックな話ですか?