8月に1回、9月に1回というふうにトンカツ屋で会って、植村がエベレスト登頂者であることなど、彼が何者なのかをしだいに公子さんが知るようになった。11月には、加藤さんも一緒に三ツ峠にハイキングに行ったりして、少しずつ親しくなった。というより、植村が加藤さんに「公ちゃん呼んでください」と頼むことがしょっちゅうになった。

 公子さんは例年、加藤さんと連れ立って、正月を京都で過ごしていた。74年も、という話をしていたら、植村が話に入ってきて、その折にぜひ自分の田舎の日高町に来てくれないか、という。公子さんはいちおう植村家への手みやげを用意して、京都に行った。

 京都に着いて2日目の朝、公子さんのもとに、母方のおばあさんが亡くなった、という電話があった。京都で植村と会う約束があった、同じ日のことである。その晩、京都の宿で加藤さんもいれて長々と話し合ったけれど、結論は出ず。公子さんはおばあさんの葬式に出るために東京に戻った。

 植村も怒ったようすだったから、この話は終ったかな、と公子さんは思っていた。しかし、正月が過ぎると、植村はマツバガニをおみやげに公子さんを訪ねてきた。その後、日曜日などに、野崎家に夕食を食べにくるようになった。

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