ただ、私は当時、公子さんとの結婚のいきさつについて、ほとんど結果を知ったのみだった。詳しく知るようになったのは、むしろ植村が居なくなってから、というより、2005年2月にこころみた公子さんへのインタビューで、ようやく全体の流れを知ったのである(インタビュー「しんしんと積ってくるもの」は、雑誌「コヨーテ」の同年7月号に掲載)。

 この公子さんへのインタビューは、「私的な」植村を知るための、貴重な記録である。それはこの文章が依拠することになるものの一つである。

 会ったのは73年の7月というから、植村が帰国して間もなくである。以下、特に注記がないかぎり、公子さんの話である。

《夏の夕暮れだったんですね。えーと、一九七三年の七月です。トンカツ屋さんが始まった時刻に、「公ちゃん、この人さ、このあいだグリーンランドから帰ってきたんだってよ」と紹介してくれた。へえ、と思って見たら、お風呂帰りだったんです。お風呂帰りの艶やかな顔にしては汚かったんですよ。なんだかちびたものを身につけていて。へえ、とか思ってそれだけでした。》

 この通りだったのだろうけれど、この話の向うに、一目惚れしてドギマギしている植村がいる、と思うと微笑ましくなる。

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