結婚する相手が見つかった、という照れくさそうな、また嬉しそうな植村の話を聞いてまもなく、つまりは電光石火という早業で彼は結婚した。

 相手は植村の住んでいた下宿の近く、板橋区仲宿にある江戸時代から続く豆腐屋の娘で、野崎公子さん、といった。ここで私の個人的な思いを書いてもしかたがないが、少しずつ公子さんと話をするようになってもつようになった印象は、じつによくものが見える、賢いひとだなあ、ということだった。その賢さをキラキラと表に出しているのではなく、あったかい雰囲気のなかにくるみこんでいる。そしてこの印象は植村がいなくなって28年経た今でもゆらぐことなく、変わらない。

 同じ仲宿の商店街で、公子さんの友人である加藤八重子さんが営むトンカツ屋で顔を会わせたのが、2人の出会いだった。

 前年の73年7月、ほぼ1年間のグリーンランド滞在から帰国した。このグリーンランド滞在は、南極横断のために犬橇の操縦を身につけるためのものだったが、帰国早々に植村は別の企画、北極圏一万二千キロの犬橇旅行の構想を語りはじめていた。息せき切って、来月からでも出かけたいという彼に、もう少し時間をかけて準備する必要があるのではないか、といった覚えがある。彼は74年11月にふたたびグリーンランドに渡るまで、約1年間の時間的余裕をもった。そのときに、公子さんとの出会いと、結婚があった。

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