第10章 公子さんのこと 前編

スタジオでの記念撮影。(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)
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 1974(昭和49)年5月、植村直己は野崎公子と結婚した。植村はこのとき33歳、公子さんは少し年上の姉さん女房である。

 植村はどこかの組織に所属して公的な役割を担ったりしたことはなかった。だから公私二つの顔をもつ必要もなかったのだけれど、冒険家として名前を知られるようになると、彼のふるまいのなかで多少は公私の区別というのが意識されはした。その区分でいえば、結婚と家庭は私的な部分である。

 私は植村の生きた軌跡を追いかけてみようとしてはいるが、もったいぶった評伝を書こうとしているのではない。だからそれを理由に「私的な部分」にどさどさと踏み込んでいくつもりもないし、また必要もない、と考えている。

 しかし、いっぽうで思うのは、植村直己という、全人格が冒険家で成り立っているような男にとって、この結婚はじつに大きな意味をもっていた、ということだ。植村について何事かを語ろうとするとき、公子さんとの生活を無視するわけにはいかない。

 お断りしておきたいのは、公子さんとは植村亡き後もずっとつきあいが続いて、今に至っている。だから率直にいって書きにくい。書きにくいけれど、自分が植村夫妻のことをどう見たかについて、できる範囲で記しておかなければならないと考えている。