これは再会前の“中国隊”についての記述ですが、

「許可が遅れたのは私たちの遠征の意図が十分に伝わっていなかったのも一因だった。どうやら中国の当局は遠征隊をうさんくさい一行と見ていたようだ。貴重な鉱物資源が目当ての探査ではないか、あるいは中央アジアで少数民族の反乱を扇動しようとしているのではないか……はては遠征隊の自動車がキャタピラをつけ装甲車のような格好をしていることから、中国侵略を狙ってカムフラージュした日本軍ではないかという疑いまでかけられた」

 再会後は、夜露をしのぐ場所がほかにないために、15体の凍れる死体の間で一夜を過ごしたり、馬仲英に追われる途中でみせしめにさらされる27個もの山賊の生首と出くわしたり、黄河に張った氷が割れて「銀の三日月号」が水没し、すんでのところで何百本もの貴重なフィルムが助かったり。

 挙句のはては中国政府と銃撃戦を繰り広げる場面も。

「ゴールが近くなった頃、内モンゴルを出る直前に隊は突然、中国兵から銃撃を受けた。道の両側の土塀の陰から隊列をめがけて銃弾が打ち込まれたのである。隊長の車とその後のトレーラーが集中的にねらわれ、11発もの銃弾を受けた。私たちは応戦体制をとった」

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