カシミールのスリナガルに到着した「シトロエン―アールト中央アジア探検隊」は、ここからいちばんのヤマ場であるヒマラヤとカラコルム山脈越えにチャレンジします。

 ウィリアムズはその模様を1932年3月号の「史上初、世界の屋根を車で越えてみた(First Over the Roof of the World by Motor)」(全44ページ)でレポートしました。山脈を越えたのが夏にもかかわらず、掲載が春まで遅れたのは中国国内の混乱で無線が使えなかったせいです。原稿と写真も陸路はるばる送られてきたのでした。

 なかでも最大の難所であるブルジル峠は標高約4100メートル。高山病になるほどの標高に加えて、夏でも万年雪がところどころに積もっていました。

 7台で峠を越えるのは無理とアールトは判断し、スリナガルからは2台に絞ります。ウィリアムズによれば、

「やがて、難所で名高いブルジル峠にやってきた。場所によってはかなりの積雪で、半ば氷河と化した万年雪はいたるところでクレバス(裂け目)が真っ黒い不気味な口を開けている。運転を誤れば、たちまちそこにのみ込まれそうだ」

 そして誌面には、なぜか雪山の斜面で人が自動車を引っ張る写真!?

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