第4章 1921-1956 カラー革命と第一期黄金時代

第8回 「どこでも自動車」はヒマラヤを越えられるか?

 とはいえ、車を捨てていくわけにもいかず、隊長は決断します。なんと、車を分解して運んでしまったのです。アストルという場所から11キロ先の谷あいで、150人のポーターを使い、12時間で5往復。約100メートルを人力で運びました。こうなるともう根性の世界ですね。フランス魂? いや、「フランス魂」は聞かないか……革命魂?

 それはともかく、というわけで、ギルギット(現パキスタン)の町に到着した一行は車をあきらめ、“中国隊”との合流地点までのおよそ900キロを馬とラクダでゆくことに決めました。ええ、中の人もそのほうがいいと思います(笑)。探検隊としてはギルギットまで行くのも無理だと言われていたので、とりあえず大きな目標をひとつ果たしたとほっとひと息ついたそうです。

ギルギットで車を放棄して以降、氷河が解けた水が流れる冷たいゲズ川を渡るキャラバン隊。「冷たい急流を渡るときでも、長い脚のおかげでラクダは安定している」そうです。©Maynard O. Williams

 このあと、“パミール隊”はカラコルム山脈、パミール高原を経てタクラマカン砂漠の北のへりを通るシルクロードの“天山南路”でカシュガルに至ります。そして10月24日、中国政府に足止めをくらいつつも9台の自動車で北京からやってきた“中国隊”と“パミール隊”はアクスで感激の再会を果たしました。

 めでたし、めでたし。

 とはいかないのです。

つづく

(Web編集部S)