ウィリアムズは3回にわけてその模様を報告します。原稿と写真は探検の途上からも送りました。当時としてはとびきり新鮮なレポートでした。もちろんテレビはありません。ラジオも商業放送が始まったばかり。冒険先から中継なんかできるわけがない。冒険をまとめた書籍が刊行されたのは1933年になってからのことですしね。

 最初のレポートは1931年10月号「シトロエン―アールト中央アジア探検隊カシミールに到着(The Citroen-Haardt Trans-Asiatic Expedition Reaches Kashmir)」でした。全58ページ。

 1931年4月4日、パミール隊がシリア(現レバノン)のベイルートを出発。それからイラク、ペルシャ(現イラン)、アフガニスタン、カシミールのスリナガル(首都)まで、81日間、5545キロの行程です。

 危険を避けるために、ところどころで兵隊が同行したりしてちょっとものものしい雰囲気でしたが、スリナガルまでは得意な砂漠ですし、おおむね楽しい旅路だったようです。アフガニスタンで幅100メートル近いファラーフ川を渡るときがいちばん苦労した、というぐらいですから、ヒマラヤ越え以降と比べたらたいしたことはありません。

 たとえば、ウィリアムズはこんなふうに書いています。

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