第4章 1921-1956 カラー革命と第一期黄金時代

第7回 シトロエン―アールト中央アジア探検隊出発!

 そこで、ナショナル ジオグラフィック協会は「シトロエン―アールト中央アジア探検隊」を支援することにします。これにより探検隊は正式な国際調査隊とされ、そのレポーターとして送り込まれた人物こそ“ミスター・ジオグラフィック”ことメイナード・オーウェン・ウィリアムズだったのです。

 アフリカの遠征隊は「黒の巡洋艦隊」でしたが、アジアは「黄の巡洋艦隊(La Croisière jaune)」と呼ばれました。隊長が乗る“旗艦”はその名も「黄金のスカラベ号(Golden Scarab)」。ウィリアムズが乗りこんだのは「銀の三日月号(Silver Crescent)」。カッコいいなあ、もう。さすがフランス人。

 と、準備万端な感じで、実際のところ2年がかりで準備を整えたのですが、この探検は出だしからつまずきます。当初、国内の通行を許可していたソ連が3カ月前になって取り消してしまったのです。さすがソ連!?

 隊長のアールトはあせりました。2年前から方々に許可をとりつけたり、食料やガソリンをデポしておいたのに、この期におよんで取り消すなんて!

 けれど、もはやあともどりはできません。やむをえずヒマラヤ山脈とパミール高原を越えるルートを選ぶと同時に、地中海からスタートする“パミール隊”と北京からスタートする“中国隊”に隊をわけて、パミール高原の東側で合流する作戦に変更しました。

 ヒマラヤ越えは、アールトとしてはできれば避けたかったのですが、他に通れそうなルートがないのでどうしようもありません。苦渋の選択というやつです。