第1回 インカ帝国の拡大はミイラのしわざ!?

撮影:義井豊 《ミイラ包み》 15~16世紀 レイメバンバ博物館
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「自然にミイラになるとしても、ある時期からそのミイラを少しずつ加工し始めるわけです。お腹にガスが溜まると切り開いてやるとか、内蔵をとって詰め物をするとか。有名なところでは、地上絵を作ったナスカの人たちも紀元前後になってミイラを作り始めています。さらに10世紀ぐらいになって、アンデスの山の方でも盛んにミイラをつくるようになる。しかも、体を布で包んだ上で、顔を描いた。たぶん個体識別のためなんですが。アンデス文明の中で一番最後に花開いたインカは、様々な文化の要素を複合して成立する中でミイラを受け入れたんだろうと思ってるわけです」

 南米史に明るくないぼくは、インカの人たちがどのようにミイラを「受け入れた」のか知って、衝撃を受けた。

「一番、特徴的なのは、インカの皇帝が亡くなったらみんなミイラになるんですよ。恐らく貴族もみんなそうだったと思うんですけど、皇帝のミイラをつくって、生前皇帝に仕えてた人たちは、今度はミイラに仕えるんですね。我々から見ると非常に奇妙なんですけど、皇帝が獲得した領土や財産は相続されないんです。そのまま、そのミイラになった前の皇帝が持っているわけです。仕える連中が、それで食べていくわけですね。そうすると、新しく王になった人は自分の領土を持たなければいけないので、まあ、戦争しに行くわけです。次々と領土を広げせざるを得なくなって、もしかすると、結果的にあれだけの大帝国になったのかもしれないんです」