第1回 インカ帝国の拡大はミイラのしわざ!?

 以上、15世紀末から16世紀初頭、つまり500年ほど前に、インカ帝国末期の版図(はんと)だった北部アンデス高地、コンドル湖周辺に住んでいたチャチャポヤ人の墓地に埋葬されていたミイラだ。発見されたのは1996年とつい最近である。

 このたび、国立科学博物館の「インカ帝国展」で、「来日」することになったため、ぼくはこれらのミイラたちを知った、というわけである。

 ちなみに、チャチャポヤとは、インカの言葉で「雲の人」を意味するそうで、彼らの住んでいた場所は、常に雲に覆われるような、いわゆる雲霧林だった。アンデスといっても東側、つまりアマゾン川側の湿潤な地域なのだ。そんなところでミイラを作る文化があったというのが、まず最初の驚きだった。

 さて、ミイラ、といえば、エジプトである。

 そう連想する人は多いだろうし、ぼくもその一人だった。

 しかし、世界には三大ミイラ地帯というのがあって、エジプトはその一つに過ぎないという。

 ほかの二つがどこかというと、まず中国西域のシルクロード地域。そして、新大陸ペルーからチリにかけてのアタカマ砂漠。さらにいえば、15世紀頃、南米最後にして最大の帝国インカが拡大する過程でミイラ文化が伝搬した広大な地域も含まれる。