にもかかわらず、3月28日あたりでようやく乱氷帯を抜け、橇は距離をかせぐようになった。1日、20キロから多いときは40キロ進んだ。そうなってからの、後半戦の問題は、3番目に挙げた、クラック(開水面)の出現である。

 氷の上を進む。いつの間にか流氷帯のはずれに出ていて、目の前に黒々とした開水面が横たわっている。また、テントを張っていた氷が裂けながら動いていて、目が覚めて驚くこともある。 

 北極点は海水上の一点であり、それをめざして海水上の氷の上を進むのだから、氷の動きにまきこまれるのは十分に予想がつくことだが、私のようなシロウトには悪夢のようなものとしか思われない。

《進退きわまった。孤島に取り残される。大きな氷の動きにまきこまれる。死の危険がキナくさくにおった。氷島すれすれに流れてくる高さ七、八メートルもの大氷山が、何につまずいたのか重心を失って大音響とともに海中に横倒しとなり、それがまた海中から頭をもたげてくる。(中略)……黒い北極海が口をあける。凄惨な光景だった。映画のスローモーションを見るような非現実的な光景だった。私はうろたえ、なす術がなかった。》

 それでも植村は冷静さをとり戻す。流れてきた氷のブロックをとらえ、思い切ってブロックの橋を渡る。旧氷のなかに入り、旧氷上にようやくテントを張る。

 北極点が近づき、気温がマイナス20度と上昇するにつれて、この間水面に行く手をはばまれ、進路を微妙に変更させられる。そういう危険を乗り越えての、56日目の北極点到達だった。

間水面はまさしく「凄惨な光景だった。」(写真提供:文藝春秋 (c) Bungeishunju)
(写真クリックで拡大)

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る