翌3月10日。味をしめた白熊は、再びテントをめがけてためらうことなくやってきた。植村はライフルに手入れをし、再襲来にそなえていた。何発か銃を発射し、この白熊を仕止めた。

 また、襲われた3月9日に、アラート基地と交信。3月10日には飛行機が来て、予備のテントをはじめとする必要物資を投下していった。

 翌3月11日。相変わらずものすごい乱氷に行く手を阻まれながら、植村はこんなふうに書いている。

 《心をひきしめて、自分自身をとり戻さなければ。きびしくとも、現状を正確に把握し、反省し、そこから勇気を奮い起すのだ。大体、こんな目にあうのも、どこか準備に手ぬかりがあったからではないか。あるいは準備の手順の立てかたが間違っていたからではないか。》

 いざというとき、物事をできるだけまっすぐにとらえて、自分自身を立て直す。これまでの冒険でも何度も見てきた植村が、ここにもいる。

 難関の(3)クラック(開水面)の問題に行く前に、橇をひく犬について、ここで取りあげておくべきかもしれない。

 一万二千キロの旅でも、橇をひく犬についてはずっと悩まされつづけた。だから植村の公刊された冒険の記録及びその元になっている日記を読むと、犬橇で旅をする限り、犬の悩みはついてまわると私などは思っていた。あの旅でも犬を途中で補強して、大幅に編成を変えたこともある。

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