旅人も愛用した人力車

2012.02.28
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- MARCH 2012 -

ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から

旅人も愛用した人力車

 人力車が一台。車上では西洋人の男性がパイプをくゆらせ、まんじゅう笠に地下足袋の車夫はカメラを見つめている。1917年ごろに資料室に収蔵されたこの写真の裏には「人力車(Jinrick-shaw)。日本のどこかで撮影」という覚書が、撮影者名とともに記されている。

 駕籠(かご)よりも速く、馬や馬車よりも安上がりな人力車は、明治・大正期の日本で爆発的に普及した。ピーク時の1896(明治29)年には全国で20万台を超え、「俥(くるま)」といえば人力車のことだった。草創期の本誌に日本やアジアの取材記事を寄稿した女性ジャーナリスト、エライザ・R・シドモアも人力車を愛用し、「乗り心地のよい走るひじ掛け椅子」と賞賛。新橋の名物車夫の案内で寺社をめぐり、雨の芝公園の静けさや、見晴らしのよい茶屋で出された桜湯の味を楽しんだようだ。

写真:S. S. HOWLAND

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