第4章 1921-1956 カラー革命と第一期黄金時代

第4回 トンパ文字とシャングリラ

 第一次世界大戦後、1920年には71万3208部だった『ナショナル ジオグラフィック』の発行部数は1926年、ついに100万部を突破します。

 当時、編集長のギルバート・グロブナーが、主に自動車や飛行機を使った辺境への冒険・探検とリアルなカラー写真に力を入れていたことは第1回と第2回に書きました。

 どちらもお金はかかったけれど、何しろ100万部を超える雑誌です。資金的にはまったく問題はなく、むしろ記事にお金をかけた分、部数が伸びるという具合に、ナショジオはいよいよ黄金時代を迎えつつありました。

 この頃には北極も南極も制覇されていたとはいえ、まだまだ地図には空白がありました。

 なかでも特に興味をもたれていた場所が中国です。現在の新彊ウイグル自治区からチベットにかけて、大きな穴がぽっかりと開いたように地図は真っ白。そこは西洋から見て、北極、南極と同じぐらい広大な未知の世界でした。

 1900年から1935年に『ナショナル ジオグラフィック』に掲載された中国の特集は70以上。

 いわば極地の次に注目を集めていた中国の冒険・探検記は、ジョセフ・ロックとメイナード・オーエン・ウィリアムズという人気レポーターを生み出します。

 今回はこの第一期黄金時代が生んだ2大スターの一人、ジョセフ・ロックをご紹介いたしましょう。