今村さんは、当然ながら、すぐに津波を心配した。海上保安庁のホームページで、リアルタイムで港内の水位変動が確認できるそうで、釜石、鮎川など、三陸沿岸ですでに津波の予兆である引き波がはっきり確認できた。そして、その後、すぐに押し波がやってきたという。巨大な津波が沿岸部に押し寄せるのを、データとして目の当たりにしてしまったわけだ。

「慌てて内閣府防災担当に行きました。情報収集したり、もし必要であればサポートしたいなと思いまして。ただ、そのときは、防災担当でもまだほとんど何もわかってなかったんです。一番の情報は実はNHKでした。仙台平野、名取市閖上(ゆりあげ)。あそこの遡上の映像がまさに映ったんですよ。時間的にも地震から1時間余りで、しかも沿岸部からかなり入り込んでいるのに津波の勢いは全く衰えてないんです。その瞬間ふっと思ったのは、貞観の地震津波と全く同じだと──」

過去の津波を調べるため、文献の研究も欠かせない。
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 貞観の地震津波というのは、平安時代の貞観11年(西暦869年)に、仙台・石巻平野沖を含む長大な範囲を震源にした地震によるもので、文献的な研究からも、津波堆積物の研究からも詳細が確認されている。数10年から100年単位の短い周期で津波被害がある三陸沖に比べて、被害の印象が薄い東北地方の中南部にも、巨大地震による大津波が1100年周期くらいであると分かってきたところだった。

「2004年インドネシア・スマトラ島沖のマグニチュード9.3の地震津波以降は、やっぱり日本でも考えなきゃならないということで、実態をもっとはっきりさせて、具体的な対策を考えようとする雰囲気は官庁や自治体にあったのです。2010年には、マグニチュード8.8のチリ地震があって、我々は巨大地震の時代に入ったので、更に準備しましょうとも、私は言っていました。一番課題だったのは予算ですね。防災マップにしても、よりよい防潮堤、防波堤も、当時は、つくるのが難しかった。何でコンクリートのものをつくるのかというような社会的批判もありましたから」

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