第1回 津波研究者が見た“悪夢”

(写真クリックで拡大)

 インタビューを始めると同時に、ぼくはひとつ、当然といえば当然のことを再確認することになった。今回の地震による津波とその被害は、専門家である今村さんにとって、素人であるぼくなどよりも、ずっと深刻で、忸怩(じくじ)たるものがある、ということ。これまでの総括をしてほしいとお願いした際、まず最初に今村さんが語ったのは、津波の「減災」に長年取り組んできた研究者としての深い思いだった。


(写真クリックで拡大)

「悪夢、ですね。科学者としては適切じゃないかもしれないですけれど、一番最初に思い浮かぶ言葉としてはそうなります。あまりにも大きな被害、あまりにも甚大な影響。私は、学生時代から考えると30年ほど津波研究に携わり、世界で起きた様々な津波被害の現場を見てきました。しかし、足元でこれだけの被害が出るというのは、いまだに想像できないっていうんでしょうか──悪夢としか思えないんです」

 その「悪夢」が始まった瞬間、今村さんは、地元仙台ではなく、東京にいたという。

「気象庁で、前日、津波情報の出し方についてのシンポジウムをやった後で、当日の午前中、専門家の委員会があったんです。それが終われば、普通、仙台に戻るんですが、たまたま夕方、国交省関係の別の委員会があったので、霞が関で昼食後のコーヒーを飲んでいたところでした。本当に長い揺れでしたから、直感的に東海地震が起きたと思いました。その後すぐインターネットを調べましたら、何と宮城県沖と。唖然としました。東京でこれだけの揺れを生じさせる地震が東北地方であるなら、もうとんでもない地震だと」