今年初めての野外調査にやってきた。お気に入りのフィールドの一つ、モンテベルデ生物保護区の雲霧林へと。

 夕暮れ前、いち早く日が暮れる谷間からは、コオロギの仲間であるヒバリモドキたちの「リリリリリリ」というコーラスが、風に乗ってやってくる。木々に優しく溶け込むような音色。

 サクサクサクッと落ち葉のじゅうたんの林道を進んでいると、いつの間にか月明かりと点滅するホタルの光がぼくたちを導いてくれていた。

 小屋へ着く頃には、ヒバリモドキの大合唱が森全体を柔らかく包みこんでいた。時折、梢のほうでキリギリスの仲間が「ジジッ」とさえずっている。愛を奏でる昆虫たちの宴の始まりだ。

 夜の定番の灯火採集といきたいところだが、明るいお月さんが出ていると、ほとんど虫たちは集まってこない。ちょっとやそっと雲がかかっていてもお手上げだ。

 たまには宴の邪魔ともなる灯火採集をせず、月明かりのように夜の昆虫たちを優しく見守って、愛の音色に包まれてみるのもよいものである。

熱帯雲霧林の森の切れ間を額縁にする夜空
見上げると雲が月の光を拡散させながら、明るい顔をのぞかせていた。そんな中、求愛のために鳴く虫たちの声や風が奏でる木々の葉の音を聴いていた。
撮影地:モンテベルデ、コスタリカ(写真クリックで拡大)
ピクノパルパ・ビコルダタ(キリギリス科:ツユムシ亜科)
Pycnopalpa bicordata(Tettigoniidae: Phaneropterinae)
林冠部に生息する小型のツユムシの仲間。キリギリスの分類学者のピーター・ナスクレンスキーによると、前胸背板で向き合う二つのハートマーク(最初の写真は接写したもの)は愛をアピールしているわけではなく、一種の環境に溶け込む擬態の役割を果たしているだろうということだ。どこか双葉の若葉にも見える。翅の横にも枯れ葉に見せかけるような茶色いハートマーク? 生態はまったく分かっていないという。
体長:約2 cm  撮影地:プエルト・ビエホ・デ・サラピキ、コスタリカ(写真クリックで拡大)
西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html

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