第3回 ピュリツァー賞が与えた影響

日常のドラマに焦点をあてる

 多くの国を巻き込んだ戦争や、世界から注目される事件や災害だけでなく、日々の営為に目を向けた写真が受賞することもあります。シカゴの市民生活を取材したジョン・ホワイト(1982年特集部門受賞)、冬のホームレスに密着したトム・グラリッシュ(1986年特集部門受賞)、1年間の高校生活を撮影したマニー・クリソストモ(1989年特集部門受賞)、21歳の若者7人を取材したジョン・カプラン(1992年特集部門受賞)などがそうです。

私を覚えていて。 © Preston Gannaway/The Concord Monitor
(写真クリックで拡大)

 この写真は、2008年の受賞作となった一連の写真「私を覚えていて」の1カットです。42歳のキャロリン・サンピアは余命いくばくもないと知らされたとき、自分と家族がともにすごした時間を記録しておきたいと思いました。キャロリンと夫のリッチは、友人を介してニューハンプシャーの地元紙コンコード・モニター紙に記事を書いてくれるよう頼み、記者のコナボイと写真家のガナウェイが担当することになりました。

 取材は長期におよび、連載は反響を呼んで1年半も続くことになります。手術、入院、化学療法、家族との時間、キャロリンの死、葬儀、残された人々の生活、家族の問題。ガナウェイとコナボイは小さな日刊紙の多忙な業務の合間を縫い、ほぼ毎週家族を訪れました。ただ雑談をしに訪れることもあったといいます。

 ガナウェイはこう語っています。「私たちはキャロリンの家族と彼らの苦闘に、感情的に深くかかわるようになっていました。日に日に衰弱していくキャロリンの様子や、それが家族に与える影響を目にしているうちに、ジャーナリストとしての一歩引いた冷静な視線を保つことが難しくなっていたのです」

 2008年に特集部門での受賞が発表されたとき、ガナウェイはコンコード・モニター紙を辞め、次の職場に向かっているところでした。受賞を聞いて、すぐに車をUターンさせます。受賞パーティーにはリッチも出席し、持って来たキャロリンの写真をテーブルに飾って、ガナウェイに言いました。「妻も喜んでいるよ」

(おわり)

『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録 第2版』(ハル・ビュエル著 日経ナショナル ジオグラフィック社)

ピュリツァー賞設立の1942年から最新の2015年までの受賞作を収録。写真のみならず、背景や写真が果たした役割なども詳述。解説の資料性も高い必携の書。
ナショジオ・ストア アマゾン 楽天