第5回 これからの「教育」の話をしよう

 話を聞いていると、当初、ぼくも抱いていた「優生思想への警戒」よりも、むしろ愉快さを強く感じた。研究の一部を捉えて、ねじ曲げ、ダークサイドに落ちるのではなく、謙虚に目に入ってきた事実を直視し、多様な遺伝をそのまま受け止める社会。それは、そのまま、ずっと以前から言われている「多様性を容認する社会」にほかならない。

 いろいろ書いてきたけれど、この手の研究が社会にもたらすインパクトは、ここで安藤さんが述べ、ぼくがまとめた範囲で済まない部分もどうしてもあるに違いない。大切なことが漏れていたり、思いもしない落とし穴が別のところにぽっかり開いている可能性は高かろう。

 それでも──ぐるりと歴史がまわり、人が遺伝に規定される度合いについての研究(正確には、遺伝と環境との交互作用の研究)が、遺伝の多様性を認め、わたしたちひとりひとりの個性の多様性を認め、共存する方向を目指す教育の根拠となるなら、ぼくは当初の懸念を遥かに超えて、期待を感じる。

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おわり

安藤寿康(あんどう じゅこう)

1958年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学と教育心理学。遺伝と環境は、人間にどう影響しているのか、科学的な解明を目指して研究を続けている。主な著書に『遺伝マインド』(有斐閣)、『遺伝と教育――人間行動学遺伝学的アプローチ』(風間書房)、『心はどのように遺伝するか――双生児が語る新しい遺伝観』(講談社)などがある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン──銀河のワールドカップ・ガールズ』(ともに集英社文庫)は、4月よりNHK総合で「銀河へキックオフ」としてアニメ化される。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider