第5回 これからの「教育」の話をしよう

(写真クリックで拡大)

 強いタブーの意識から、明らかになっている科学的な知見から目を背け、結果的に、コインの裏表のような別の悪夢が導かれるのではないか、という指摘には思わず息を呑んだ。

 発想を180度転換すべきというが、では、具体的にはどういうことか。

「まず先に伝えるべき文化があり、望ましい人間像みたいなのがあり、そのために教育するというのが今の発想じゃないですか。でも、わたしはそうじゃないと思う。どんな遺伝子型を持っていたとしても、社会の中でちゃんと生きていけるよう、一人一人みんな自分のやりたいことをやって、それがまたみんなの役に立つような社会であってほしい。そのために教育をどうするべきか考えなければいけないと思うんです」

 これは、まさに「あるべきもの」「優秀なもの」を一義的に決めて、それに向けて遺伝を制御しようとする優生思想とは正反対の発想だ。もともと多様な遺伝を持つ我々のあり方をそのまま受け止め、共生可能なものにするために教育がある、と安藤さんは述べていると理解した。

 では、そのためには、学校はどのように変わらなければならないだろうか。

 相当、大きな変革が必要では?

 意外な回答が返ってきた。