フォトギャラリー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ナショナル ジオグラフィック日本版 2012年2月号

津波 そのメカニズムと脅威

特集ページへ

  • 米国オレゴン州<br>観光地のキャノンビーチに建つ家々。沖合の海底には断層があり、過去に何度か大地震が起きて、津波が押し寄せた。最悪の想定では、この住宅地も避難対象区域に入る。こうした海沿いに住む人々の数は、世界中で増え続けている。
  • 岩手県宮古市。第一波が防潮堤を越え、黒々とした濁流が港からあふれて、車や漁船を押し流した。日本の進んだ津波対策も、予測をはるかに超える大津波には歯が立たなかった。
  • 津波で水没する宮城県南三陸町の防災対策庁舎。佐藤仁町長ら10人が、屋上で手すりや無線アンテナにしがみついて、かろうじて生き延びた。
  • 人はいつの時代も、海や水辺に引きつけられるものだ。深い悲しみをもたらした大津波から数カ月後、8月のある午後、東京都あきる野市の東京サマーランドはレジャー客でにぎわっていた。
  • 史上最大の“水しぶき”<br>米国アラスカ州リツヤ湾の秋。葉が茶色くなったハンノキの群落は、史上最も高くまで達した津波の痕跡だ。1958年、地震による斜面崩壊で、約3000万立方メートルの土砂が湾の入り口に落下。局所的な津波が起こり、最大で525メートルの高さまで津波が到達した。手前に見える岸辺にも高さ7.5メートル以上の津波が押し寄せ、針葉樹がなぎ倒されて、その後にハンノキが育った。この津波で、湾に停泊していた船の乗組員2人が死亡した。
  • インドネシア<br>インド洋大津波から9日後の2005年1月4日、食料を積んだ米海兵隊のヘリコプターが、スマトラ島北部のランプーク村上空を飛ぶ。モスク(イスラム教の礼拝所)は残ったが、村の住民7000人のほとんどが津波にさらわれた。インド洋沿岸全域ではおよそ23万人が死亡した。
  • 2005年3月、スマトラ島沖で再び地震が発生。津波は小さかったが、沿岸部では地震で地盤が1メートルも沈下し、浸水する地域もあった。ここバライ島では、家の床をかさ上げするためにサンゴの塊を敷き詰めている。
  • 米国ワシントン州、ピュージェット湾に面した都市シアトル。海底に走る断層の上に船を浮かべて撮影した。この断層が活動すれば地震が発生し、その後10分以内に津波が沿岸部に到達するとみられている。
  • スマトラ<br>インドネシア・バンダアチェのアチェ津波博物館にあるジオラマ。2004年12月26日に街を襲った津波を再現したものだ。その日まで、バンダアチェの人々は「ツナミ」という言葉を聞いたことさえなかったが、今ではほとんどの住民が、生と死の体験を語ることができる。
  • インドネシア<br>インドネシアのスマトラ島西岸沖に浮かぶバライ島。夜になり潮位が高くなると、20歳のブスラニが住む家には数センチの高さまで海水が流れ込む。2005年3月の海底地震により、バライ島の地盤は約90センチ沈下した。ブスラニは床を高くする工事の費用をまかなえないため、満潮になるたびに自宅の床が浸水する。
  • 日本<br>2011年3月の津波から1カ月後、岩手県大槌町の自宅跡で洗濯物を干す男性。彼と彼の妻は自宅が再建されることを願いつつ避難所で暮らしていた。
  • 日本<br>2011年8月、がれきがほとんど撤去され雑草が生い茂る、前ページの男性の自宅跡。この時もまだ、彼と彼の妻は近くの中学校で避難所生活を送っていた。
  • 日本<br>津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の“写真救出センター”。2人のボランティアが、がれきの中から発見されたアルバムを整理している。ここには震災直後から1日に10人前後の人々が思い出の品を捜しにやって来る。
  • 日本<br>2011年8月、お盆の前夜、宮城県気仙沼市の住民は津波の犠牲者たちの冥福を祈り、ろうそくに火をともした。ろうそくは「祈」の文字をかたどって並べられた。

フォトギャラリー一覧へ

日経ナショナル ジオグラフィック 翻訳講座 秋期受講生募集中 詳しくはこちら

記事ランキング

ナショジオクイズ

Q:米国の五大湖すべてを足した面積に近いのは次のうちどれでしょう。

  • 北海道
  • 日本の本州
  • 日本全土

答えを見る

ナショジオとつながる

会員向け記事をお読みいただけます。

ナショナル ジオグラフィック バックナンバー

ナショナルジオグラフィック日本版サイト

広告をスキップ