ペットの犬種とは違い、自力で生きてきたイエイヌ“ビレッジ・ドッグ”の謎を追う。

 ペットのどの犬種よりも多数を占めるのは、人間の集落や周辺で半ば野生の状態で生きる、ビレッジ・ドッグと呼ばれるイエイヌたちだ。

 米国コーネル大学獣医学部のアダム・ボイコは、まだ研究生(ポスドク)だった数年前、ほとんど研究例のないこのビレッジ・ドッグに興味を抱いた。イヌが人間に飼われ始めたのは1万5000~2万年も前のことだが、犬種の大半はここ200年ほどの間に作られたものだ。ビレッジ・ドッグのDNAを調べれば、イヌ科の動物がまだ人間に飼いならされていなかった時代に光を当てられるかもしれない。問題は、試料を集める方法だった。

 そこでアダムは、ちょうど安上がりで珍しいハネムーン先を探していた新婚の弟ライアンとその妻コリンを伴い、エジプト、ウガンダ、ナミビアを回った。3人は地元の村人や獣医と親交を深めながら、300頭以上のビレッジ・ドッグのDNAサンプルを集めた。

 DNAを解析したところ、ビレッジ・ドッグとオオカミ、ビレッジ・ドッグとペットのイエイヌの間の遺伝的な類似度はおおむね同程度だった。つまり、ビレッジ・ドッグはペットのイヌが野良(のら)犬となった雑種ではなく、何千年もの間、ただ人間の近くで生き延びてきたイヌなのだ。彼らのゲノムは、イヌ科動物が家畜化され始めた当初の状態を表している。「人里という環境で暮らしていても、ビレッジ・ドッグには自然選択に近いものが見てとれます」と、アダムは語る。

 思いがけないことに、彼らの研究は、イヌが初めて出現した場所に関する定説に疑問を投げかけた。オオカミからイヌが分化したのは、ヨーロッパかアジアであることは、化石が証明している。また2002年、東アジアのビレッジ・ドッグがほかの地域と比べ遺伝的に多様であることが判明し、オオカミが飼われ始めたのは東アジアだと考えられるようになった。

 ところが、アダムたちが2009年に行った研究によって、アフリカのビレッジ・ドッグも、東アジアの集団と同じくらい多様であることが判明した。また、サンプルの一部からは、中東のタイリクオオカミと共通する遺伝子パターンも見つかった。これは、イヌのルーツが中東だとする説を補強する証拠となった。

 アダムたちは今後、再びアフリカに行く予定だ。また、同じ方法で南米原産のイヌが消えた理由を探り始めている。米大陸の先住民がイヌを飼っていたことは、史料からも明らかになっているが、これまでの調査では、ヨーロッパ原産のイヌしか見つかっていない。

 もしかすると南米大陸の辺境には、土着のDNAを持ったビレッジ・ドッグが生き残っているかもしれない。そう考えたアダムら3人は、昨年8月、米大陸の“消えた犬”を求めて、ペルーのジャングルへと分け入った。