戦争の悲惨を切り取った1枚

爆撃からの逃走。 © Corbis/沢田教一(UPI)
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 沢田教一(さわだ きょういち)は1961年、UPI通信東京支社に入社しました。ベトナム戦争が激化すると現地での取材を強く希望しましたが受け入れられず、休暇をとって自費で取材に向かいました。この写真が好評を得たため、はれてUPIの特派員としてベトナムで取材することになったのです。

 沢田はベトナムで、命知らずのカメラマンとして有名になりました。前進するアメリカ軍部隊を撮ろうとして地雷原に踏み込んだこともあります。あるとき、攻撃下にある川の土手に登り、2人の母親が対岸から子供たちを連れて水のなかを歩いて渡ってくる姿を撮影しました。家族は村から逃げてきたのです。女性たちは爆撃の意味を理解していました。村は南ベトナム解放民族戦線が基地にしていたために米軍の爆撃を受けている。つまり、爆撃の手が緩むことはない、と。

「安全への逃避」との題で新聞に掲載されたこの写真で、沢田教一の名は一躍知れ渡りました。そして、1966年のピュリツァー賞を勝ち取ったのです。また、他の多くの賞も受賞しました。

 沢田はその後、香港支局に移ったのち、再びベトナムに戻ります。1970年10月28日、カンボジアの取材中に国道2号線で襲撃を受けた沢田は、帰らぬ人となりました。

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