《子供のときの、いちばん楽しい遊びというと、やっぱり魚とりを思い出します。いろんな方法でやりました。小学校、中学校の頃は、そんなことばっかりしていたような気がします。
 昔は田んぼのわきに、必ず小川が流れていましたよね、田に水を引くために。いまも流れはあるけれど、コンクリートで固めた水路になってしまいました。ともかく、1メートル幅ぐらいの小川があって、あれを堰き止めて魚をとりました。
 稲の収穫のあと、稲の切り株と泥、それからどこかから板切れをもち出してきて、適当な場所を堰き止める。そして、手早くやらないとダメなんです。堰き止めた所から水があふれ出ちゃいますから、ぐずぐずしてると。だから堰き止めたら、その下のだんだん細くなる流れに入って、魚をザルですくったり、手づかみでとったりする。フナ、ナマズの小さいやつがよくとれましたが、うまくするとウナギもとれました。ウナギっていうのは、土手の側面に穴をつくってもぐっていますから、穴のなかに手を突っ込んでみておさえるんです。
 そうしてとった魚は、全部家に持って帰って、焼いたり煮つけたりして食べました。ウナギはもちろん御馳走でしたが、ナマズもけっこうおいしかったですね、白焼にして、醤油をかけて食べると。》

 男が子どもの頃の魚取りの思い出を語ろうとするとき、なぜ一様にこのような幸福感がただようのか、不思議なほどである。植村も例外ではなく、ふつうの男の子として、幸福な思い出をもっていた。私は、植村が表向きには少しも目立たない、地味な子どもだったという話が好きだし、この魚取りの幸福な話がまた好きである。もう少し耳を傾けてみよう。

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