正木氏。「イタズラはよくやったけれど、それも大勢でわいわいやっているなかに植村もいたという程度で、とび抜けて悪さをしたというわけじゃないんですよ」

 小山氏。「牛の世話とか、家族の炊事とか、家の手伝いはよくやっていましたねえ。そのほかの時間はいつも一緒に遊んでいたはずなのに、不思議にこれという印象がなくて」

 そんな調子で、話が尻すぼみになってしまうのだった。その後も正木氏と会うたびにそんな会話を何度か重ね、だんだん子どもの頃の植村については話題にならなくなった。ただ年譜上の植村の経歴をいくつか確かめたりすると、じつに正確に答えてくれるのがありがたかった。

 たとえば今は年譜にはしっかり記載されているが、植村は豊岡高校卒業後すぐに明治大学に進んだのではない。1年間就職しているのである。植村自身、こんなふうに語っている。

《……両親は就職しろといい、兄貴は大学行ってもいいんじゃないかといってくれて、自分としてはやはり学校へ行きたい。いちおう大学受けて通ったんですよ。関西大学でしたけど。しかしオフクロが半ば強制的に勤め先を決めてしまったんです(笑)。》(『植村直己と山で一泊』小学館文庫)

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